6日に愛知県豊明市で行われたイベントに出席した中日の後輩たちは、恩師の訃報に接して喪失感に包まれた。
山本昌広氏は入団5年目、当時監督だった星野仙一氏に米国へ送り出され、それが転機になったことを挙げて「星野監督じゃなければ今日の私はいない。一番の恩師を亡くした」と寂しそうに話した。通算200勝を挙げた際、最初に電話で伝えたのも星野氏だったといい「向こうの方が感無量で言葉になっていなかった。電話でも直立不動で話してしまう厳しい方だった」と振り返った。
プロ入り時の監督が星野氏だった岩瀬仁紀投手は「びっくりしている。1年目からすごく使っていただいた。最初の監督でプロの厳しさを教えてもらった。その意味では最初の監督で良かった」と感謝の言葉を並べた。
山井大介投手は「入団した時、ちょうど阪神へ行ってしまったので直接の接点はなかったが、ああいう監督が今いてもいいんじゃないかと尊敬しているし、この監督の下でやりたい、そう思わせる魅力のある人だった」と別れを惜しんだ。
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