大相撲の横綱・日馬富士(伊勢ケ浜)の暴行問題の真相を解き明かそうと緊急来日中の元小結・旭鷲山のダバー・バトバヤル氏(44)に対し、同氏の日本での父親的存在となっているモンゴル国立ラジオ・テレビ大学客員教授の宮田修氏(71)が24日、「待った」をかけた。
宮田氏は旭鷲山に電話をかけ、「モンゴル力士のパイオニアとして両者を和解に導くのがあなたの役割だ」と混乱を招く言動をしないようにたしなめたという。
「いくらなんでも出すぎじゃないか」。問題の当事者ではない旭鷲山氏がテレビなどでさまざまな情報を発信するのを目にして、20年来の信頼関係にあり、同氏の著書の監修をしたこともある宮田氏は、心配になってきたという。
旭鷲山氏は日馬富士の暴行問題が表面化した14日以降、貴ノ岩が「ビール瓶で殴られた」と語ったことなどを明かしていた。23日には、自身のフェイスブックで貴ノ岩本人と電話で話した内容を書き込んだ。母国・モンゴルでも大きく報じられている今回の暴行問題。旭鷲山氏は母国に事実を伝えたいとの思いで来日し、さまざまなアクションを起こしているのだが、宮田氏はこの日、旭鷲山氏に電話をして、こう諭したという。
「ちょっとブレーキを踏んだ方がいいんじゃないか。しゃべり続けて問題を引っかき回すのが、あなたのするべきことではない。この問題を解決するには、加害者と被害者がそろって記者会見して、握手をして、相撲ファンに頭を下げておわびするしかないんだ。そこに持って行くのが、モンゴル力士たちの仲立ちとして慕われているあなたの役割じゃないか。これでは溝が深まるばかりだ」
考え込む感じで聞いていた旭鷲山氏は「あ、そうですよね」と返答したという。
旭鷲山氏は、大島部屋の大阪後援会長を務めていた旧社会党の衆院議員・上田卓三氏(故人)の紹介で、1991年にモンゴル人初の力士として同部屋に入門。同期は友綱親方(元関脇・旭天鵬)ら5人。入門直後は相撲部屋の生活になじめず、他の力士たちと脱走し駐日モンゴル大使館に逃げ込む騒動を起こしたこともある。だが、心を入れ替えてからは、モンゴル相撲仕込みの多彩な技で、人気者となり、着々と番付を上げた。宮田氏とは十両時代に知り合い、意気投合した。
後輩、朝青龍には徐々に番付で追い越され、確執が生じたが、日馬富士や横綱・白鵬ら後輩のモンゴル人力士たちの相談相手としても慕われてきた。現在は日本式の相撲のモンゴル協会会長を務め、両国相撲界のパイプ役となっている。宮田氏は「悪気がなくても、話をしているうちに整理がつかなくなっているのかもしれない。彼が本来やるべきことをやってほしい」と願った。(甲斐 毅彦)
◆元旭鷲山氏の年表
73年3月8日 モンゴル・ウランバートルに生まれる
91年 先代大島親方(元大関・旭国)が行った新弟子公募に合格して来日
92年3月 春場所で初土俵=写真右=
95年3月 春場所で新十両昇進。モンゴル人初の関取となる
96年9月 秋場所で新入幕
97年3月 春場所で新小結昇進。モンゴルの労働功労賞受賞
00年 慈善活動団体「旭鷲山発展基金」を設立
03年7月 名古屋場所で横綱・朝青龍に反則勝ち。以降、確執が表面化したが、その後、和解したとされている。
04年4月 早大人間科学部(通信教育課程)入学
06年11月 九州場所で引退
07年6月 断髪式
08年6月 モンゴルの民主党から出馬して初当選。同国国会議員になる。
09年5月 大統領補佐官に就任
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