女子シングルスで奥原希望(22)=日本ユニシス=が、日本勢同種目で初の世界一に輝いた。決勝で昨年のリオデジャネイロ五輪準決勝で完敗したシンドゥ・プサルラ(22)=インド=に2―1で雪辱。日本勢に全5種目を通じ、1977年第1回大会女子ダブルスの栂野尾悦子、植野恵美子組以来40年ぶりとなる金メダルをもたらした。
奥原が世界の頂点に立った。第2ゲームでマッチポイントを握りながら、最後は73回にも及んだロングラリーの末落として迎えた最終ゲーム。ラリーが終わるごとに互いに膝に手をつき、肩で息をするような激しい応酬。体力勝負の粘りあいなら、負けるはずがなかった。リオ五輪準決勝のリベンジマッチをフルゲームで制し、日本勢同種目で初、全種目でも40年ぶりの快挙を喜んだ。
1年前のリオ五輪では、身長179センチで手足の長いシンドゥの強打に振り回され、持ち前の粘りと運動量でもカバーしきれなかった。今年4月のシンガポール・オープンで再戦したが、フルゲームで敗戦。「以前は攻撃させないようにしたら簡単なミスをしていたが、守備が良くなってショットの精度も上がった」。相手は強打一辺倒から、手ごわさを増していた。
だが、奥原も何もしていないわけではなかった。コツコツと取り組んできた肉体改造について、日本代表の朴柱奉監督は「動くスピードが上がった」と評価。昨秋に発症した右肩痛を機に、利き腕の右に偏ってつきすぎた余分な筋肉を一度落とし、左右のバランスを整えることに着手。体重は変わらず、体脂肪率も変わらないまま、節制しなくても動きやすい体を手に入れた。緩急をつけるネットすれすれの「ヘアピン」の技術も向上。持ち前の守備力に加えて、攻撃のバリエーションが増えた。
日本勢が40年ぶりに立った表彰台の一番高い場所。満面の笑みで場内の大歓声に両手を上げて応えた。2時間近い試合を終え「とても疲れた」と話したが、肉体も技術もまだまだ伸びる余地がある。「東京五輪まで、常に頂点を目指していきたい」。目標はどこまでも高く、大きく。3年後まで突っ走る。
◆奥原 希望(おくはら・のぞみ)1995年3月31日、長野・大町市生まれ。22歳。7歳でバドミントンを始め、埼玉・大宮東高2年の2011年に全日本総合選手権で当時史上最年少の16歳8か月で日本一に。15年スーパーシリーズ・ファイナル制覇。16年全英オープン優勝、リオ五輪銅メダル。156センチ、51キロ、右利き。
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